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01/02/03/04
16. ライム
 救いの無い世界に生きていた僕らは絶望の淵を見つめながらも笑ったり無感情にいたりしていて、お互いの中に光を見つけた気がして手を差し伸べ合ったのだけれど。

「クラムの色は好きだよ」
 突然の台詞に、静かな光を湛えた瞳が向けられる。
「クラムの色は、好きだ」
 もう一度。
 繰り返されるものの、意図が汲めずに眉間の皺は増えるばかり。
「……色?」
 暫しの後の、音。
 沈黙での疑問は通じなかったらしいので、渋々と口を開いた。
「色。その髪も、同じ色の瞳も、睫毛も、好きだよ」
 にこりと告げられたものの、喜べばいいのかどうしたものか解らなかった。
 自分だって別段、この色が嫌いな訳ではない(というか考えた事もない)が、改めてこう示されると戸惑ってしまう。
 何せ、あの親達から貰ったものだし。…だからといって、別段気にした事はないけれど。
「色が、どうした」
 険はないが、つっけんどん。加えて無愛想。
 大概の人間が一瞬は臆する様な自分だが、この少年には関係ないらしい。彼の人生経験からだろうか。
 ともかく、それを気に留めずに笑っていてくれる。
「ううん?ただ好きだから、好きだよ、って言っただけ」
「そうか」
 それだけ言って、ベッドに寝そべる彼の細く柔らかな黄緑色の髪を、指に絡めるように撫でた。
 猫の様に目を細める姿に笑みを零して、そのまま彼の大きな双眸を覆う。
 まだ幼い口元が歪んだ。
 沢山の事を知っている笑いだ、と思った。自分の半分程度しか生きていない筈なのに、まだ。
 しかしながら、その唇は美しく穏やかに弧を描く。
 誘うように、遠ざけるように、…魅かれているよ。
 ゆるゆると開かれた隙間に引き寄せられて、重く塞いだ。
 擦れ合う粘膜は数秒で、全てを解放すれば、彼は瞳を緩めて年相応の笑いを。
「まだ、夕食前」
「ああ」
「珍しいじゃん、」
 盛っているなんて、と言葉を紡ぐ彼は年相応。
「何でもない」
「ウソツキ」
 きっぱりと言い捨てて、ケラケラと笑ってみせる彼の瞳と唇を再度塞いで深くする。



 このまま、消してしまえたらいい。

 潰してしまえたら。

 失くなってしまえば。

 酷い後悔に胸を塞がれてしまう位が自分には丁度いい。


 それでも、手放したくない離れたくない


 ただひたすらに、傍にいてくれたなら。

初めてのクラムカイキ。

17. 微熱
「ぼーっとする。はっはぁ、これが熱ってやつなのね」
 もう少しで無くしそうな色の髪の少年は、微熱とはいえ熱を出してベッドに寝かされて尚、自らの額に触れ、まるで他人事の様に笑ってみせた。
「…判らないのか」
「あんまし。てゆーか、これ熱だったワケ?今までこんな感じの時は結構あったんだけど」
「自己管理がなっていない」
「していませんものね」
 うふふ、と男なんだか女なんだか判らない口調で同様の笑みを零すと、少年はようやく調子が悪そうに口を閉ざした。
「…物心ついた頃に母親死んだし、父親は端から居ないし」
 そして、ぽつりと。
 また口を開く。
「よく解んないじゃん?とりあえず、料理とかー…家事覚えるのが先決だったワケだから」
「ああ、……だが、いつもと違う事くらい気付けるだろう?」
 べし。
 冷やしたタオルを、些か乱暴に少年の額へ当てた。
「ぎゃー、クラムさんっ!それは言わない約束っ」
 一本取られた!(何をなんだろうか)と笑う彼の髪をそっと梳く。
 とことんまで色素の薄い髪は、見た目を裏切らずに、細く、柔らかい。
「んー…でもやっぱ、さ。独りって、そんなもんでしょ?困ったり、心配してくれたりする人も誰もいないし。どうでもよくなっちゃうしねー」
 言い終えて、僅かの間に熱が移ったタオルを脇の洗面器に戻すと、少年はこちらへ背を向けて寝返りを打った。
「…カイキ」
「なーぁに、」
 名を呼べば、らしさの滲む、間延びした返事。
「もう、独りじゃないから」
 随分ほだされた、気付きながらも、自分の足元を見つめて告げていた。
「……俺は心配だ」
 スプリングの軋む音に視線を上げれば、こちらを向いているカイキと目が合う。
「…あのさ」
「ああ」
「仕事、忙しいだろうけどさ」
「ああ」

「もうちょっとだけ、ここにいてよ」

クラムカイキその2

18. 僕ら未だに足踏みしてる。
 ふわりと、夏の風に、干したワンピースの裾が膨らんで、揺れる。これならきっと、すぐ乾く。
「…お前、男だったんだな」
 それを見てから、山城哲は貸してやったシャツに身を包む少年を振り返った。この少年―雪村夏樹―が、あのワンピースの持ち主である。
「………ごめん、…なさい…」
 しょぼくれた彼の代弁をするように、濡れた髪から雫が滴れる。
 じゃれながら川原を歩いていたところ、うっかり足を滑らせた雪村が川へ転落し、近かったので自宅へ連れてきて…今に到る。
 しかしまさか、彼女が実は彼氏であったなんて驚いた。だって声は高いし(ボーイソプラノらしい)、顔は可愛かったのだ。背も、低い。
「……で?」
「えっ?」
 弾かれたように顔を上げた彼はやはり…可愛い。まだ言うか、と誰かに突っ込まれても仕方ないが、しかし本当に可愛らしいのだ。
 顔は小さく、大きな瞳と長い睫毛。髪の長さ(因みに本来は短いのでカツラを付けていた)と服装で男女の判別をするしかないような、中性的な容姿をしていた。
「何で女のフリしてたのかって聞いてんだ」
「ああ、それは…」
 一瞬視線を彷徨わせた後で、きっ、と山城を真直ぐに見返す。こういう、肝が座ったというか、潔い所は好感を抱ける点で、それは雪村が男でも女でも変わらないのだと気付いた。
「――好き、だから。わた…じゃない、俺、哲が好きで、でも男じゃ相手にしてもらえないって思ったから、だから」
 真摯に想いを伝えてくる姿に、告白してきた時の姿が重なる。
 大学が終わり、いつも通り駅へ来た山城をまちぶせていた雪村は、今みたいに山城を見据えて、言った。
「好き、です。――わ、私と付き合って!下、さい!」
 顔を真っ赤にして、けれど山城の目をしっかり見たまま、物凄く勢い込んだ雪村は、言ったのだ。
 付け足した様な敬語が可笑しくて、純粋に熱の籠もった瞳が好ましくて。
「、明日・な」
 多少上機嫌に洩らした言葉と共に、雪村の横を擦り抜けていった。
 言葉が足り無さ過ぎてどうしたもんだか困る様な台詞だが、山城哲はそういう男だ。彼が一話したら五は汲み取れ。つまりは割と寡黙なんである。
 今思えば、山城本人としてもその対応というか台詞の残し方は如何なものかと自覚はしているのだが、結果としては上手くいっているので良しとした。
 その翌日、雪村は同じように山城を待っていた。違うといえば、その顔に浮かぶ不安の色が前日よりも濃かった事だろうか。
 山城が近付くと、ぱっと顔が上がった。大きな瞳に映るのが自分だけであるのに妙な高揚感を抱きながら、頭一個分近くは小さい雪村を見下ろす山城は言った。
「お前、名前は?」
「ぇっ…ぁ、夏樹!雪村夏樹ですっ」
「俺の名前は?」
「……し、知らない…」
 やはり。口元を歪めた山城は、俯いてしまった雪村の顎を掬って少し身を屈めると目をしっかりと合わせた。
「山城哲、だ。これから付き合う男の名前だからしっかり憶えとけよ」
 この台詞にしたって、山城と深い付き合いの悪友に言わせれば「オメー、そりゃあどうなのよ!」であり、腹を抱えて爆笑された。
 しかし、雪村は嬉しそうに泣きそうに思い切り頷いたものだから、それから二人の交際がスタートしたのであった。
「哲、腹減らない?」
「ねぇ哲、この歌良くない?私、凄ぇ好き」
 付き合い始めて慣れてきたのか、緊張せずに話すようになった雪村の口調が男染みているのが少し気になったが、雪村はにっこり笑うものだから、まぁそういう奴もいるかと納得してしまった。
「…服は、どうしたんだ?女物の制服着てたろ」
「あ、姉ちゃんの借りて…」
「そうか」
 それきり、何となく黙ってしまう。落ちる沈黙。
 やがて、ぐす、と雪村が泣き始めたので山城はぎょっとした。沈黙をマイナスに捕らえたのだろうか。
「だっ、だってだって俺…こんなに人の事好きになるなんてなかったし、つーか初恋だし…しかも男だし、初恋は実らないとか言われてるし…」
 でもそんなん言われて諦められる程度じゃなかったんだ。ぐしぐししながら雪村は吐き出す。
「夏樹…」
「騙しててごめん。でも、女の格好して、うんと好きになってもらえたら、男ってバラしても構わないって言ってもらえるかなって考えたんだ」
「…いや、お前それはちょっと甘」
「あっ、甘いって分かってるけど!…でも、まず女装で騙されてくれちゃったし…もしかしたら、って…」
「……それもそうだ」
 恥ずかしそうに言って俯く雪村に、気付けなかった自分にも責任の一端がある、と山城は天井を仰いだ。
 そして軽く溜め息を吐き出すと、雪村が身体を竦ませるので、彼はゆっくり視線を戻して少年を見つめる。
「――…ぁ…ご、ごめん!も、別れるよな…ごめん…」
 少しだけど、今まで楽しかったから、有難う。と呟き、雪村はまた泣きだす。
 それを見て、山城はまた溜め息を吐いた。まったく、参ってしまう。ぐいと雪村を引き寄せ、零れる涙を拭ってやる。
「ぅ……ぇ…?」
 しかし同情されたと感じたのか、一瞬呆けたものの、またぼろぼろ涙を落としだしので山城は困り果ててしまった。――これだから、マイナス思考に陥った人間は質が悪い。
 仕方がないので、山城はやや強引に、泣き腫らした目元へ口付けた。
 涙に沿って頬を降りて、最後に唇をちゅ、と奪って顔を離し、一言。
「ああ、もう。泣くな。泣くなよ、お前の目論みなら、とうに成功してるから」
 知った時も怒れなくて、男でも構わないかと思うぐらい、陥落していたんだよ。

これ、結構お気に入り、です…。

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