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01/02/03/04
06. 夏夜。
 がたがた、

 コンポの前まで椅子を運んできて、陣取る。
 文字の羅列を追っていた瞳がちらとこちらを見、しかしまた戻された。
 …結局の所、自分のする事に文句も何も言いやしないのだ、この男は。
 この行動が毎晩とあらば、尚更に。
 最早、風呂上がりの自分の習慣。
 火照った身体を冷ますついでに、オーディオコンポの前を占領。好きな音楽をかけて、ぼんやりとする。音量を小さくする代わりに、ヘッドフォンは付けない。
 そうして聴いていたら以前に「付けないのか」と問われ、「時間を忘れてしまいそうだから」と告げれば「そうか」と、だけ。
 やはり、興味が無いのか。
 というか、迷惑ならばそうと告げれば良いものを(言われても直さないが)。そもそも自我が存在するのかが疑問に思えてくる程だ。
「……あ」
 ふと見上げた夜空。声を上げてみたものの、奴は微動だにせず。
「…無視かい、コラ。おい、そこのムッツリ!」
 名前は呼ばない。
 何故か二人の暗黙の了解。
 ようやくこちらを向いた顔に人差し指を突き付け、窓の外、上方を指す。
「見やがれ、満月だ」
「……だから」
「綺麗だなぁ!」
「…煩い…」
「なんなら耳元で叫んで差し上げましょうかねぇ?!」
「断る」
 ――ああ、ムカつく。
 「結構です」でも「遠慮しておく」でも、なくて!
 「断る」と、きやがった。
 偉そう。ムカつく。態度デカイ。無愛想。
 そんなのに、慣れてしまった自分も腹立たしい。
「人はさぁ、綺麗だなー、とか、可愛いなー、とか!共有したい訳よ!ねぇ!」
「そうか」
「…あ、ごめんね…こっちが悪かったよ…」
「気にしていない」
「………さいでっか…」
 毎度ながらにうんざりして、奴に背を向けると、音楽に耳を傾けながら夜空を見上げた。
 昔のゲーム音楽のサウンドトラックは妙に耳に馴染んで、優しくて、笑える。
 うん、やっぱり、こんな日常でも好きなんだよ。

 口角を緩く上げて、輪郭のぼやけた満月にそっと微笑み掛けた。

当時、夏場はこんな事をしていたのです。一人で。笑

07. さようなら、また逢おう。
 さようならを告げる刻、ふと見上げてきた瞳に捉まった。
 酷く澄んでいて、深くて、美しい、それに、魅せられて、引き込まれそうな意識を引き戻したのは、いくらか下にある小さな口から発せられた、これまた綺麗な声。
「ねぇ、いつか」
「はい」
「いつか、ねぇ」
「はい」
 澄んだ泉の水の様な声。
 俺の心をじんじん揺らす。
 響いた側(そば)から、浄化されていくみたいだ。
 呆けた頭で考えていたら、温かで柔らかなものに右手を包まれた。
 ああ、この方の、手だ。
「オレを、迎えにきてくれる?」
「はい、勿論」
 さっきから、馬鹿みたいに“はい”しか言っていないけれど、それでいいんだ。
 俺は、この人に忠誠を誓ったんだから。
 だからと言って、軽くハイハイ言ってる訳でもないが。
「必ず、きてくれる?」
「はい。必ずです」
 例え腕がもげようとも、地面を這いつくばってでも、何年かかろうとも。
 そう伝えたら、潤んだ瞳が静かに微笑って。
「死んじゃったら、嫌だから、なるべく五体満足でね? あと、出来るだけ早めにして」
 そして、言われた。
 ああ、注文が増えちゃいましたね。でも、確かに。
 爺さんになったら見られたくありませんし、腕が無ければ貴方を抱き締められない。
 ところで、駄目ですよ、俺以外の人間にそんな顔見せたら。
 めっ、と叱る様な仕草をしたら、今度は、花が綻ぶ様な。
「大丈夫、だよ」
 笑ったり、しないよ。
 言った笑顔に見惚れて、外れた手に気付くのが遅れてしまった。
「時間、来ちゃった」
 さよならだね・笑う姿が哀しい。愛しい。
「ばいばい」
 するりと、逃げていくみたい。
 取り残されるのは、自分。

「……来てね?」
 最後に、傾げられた小首。
 当然だ・と、強く頷いた。



 来てね、迎えに。

 いつか、必ず。

 待つ、待つから。

 だから、必ず―――




 それは、違えられる事の無い約束。

主従萌え!とか叫んでいた時期。

08. 抜け殻トンボ
「虫の死体って腐らないのかな」
 何をいきなり、と思い隣を歩く彼の視線を辿れば、道端に転がるトンボの死骸。
「――まさか。水分を含んでいるもので腐らないものなどないさ」
「ええ、うーん…そりゃ確かに人間だったら納得出来そうな話だけど」
 腐った虫は見た事が無い、と彼は唇を尖らせる。
「…お前はそもそも、腐るという事の意味を知っているか?」
「劣化、駄目になる事、変色…」
「惜しいな。少し違う。微生物に分解されて形を保てなくなることを腐る、と言うんだ」
「惜しいの?」
「劣化というのは正しい。変質し、食べられなくなるからな」
 ううん。腕組みして悩む彼は、もう話がこんがらがったようだ。
「さて、話を戻そう。死んだら虫は、大概地面に落ちるだろう?すると蟻や何かは敏感でな、どこから嗅ぎつけてくるのか、すぐにやってきて巣に運んでしまうんだ。腐る暇もない」
「うん、知ってる。でもさ、蝉なんか食べられそうにないよ?カサカサしちゃって、身が無さそうだ」
 そこで彼は、こいつもだと言いたげに足元のトンボを見遣った。
「蝉にだって水分があるんだぞ。知らないか、あれであいつらの腸(はらわた)は白くて水っぽい。ゴキブリと一緒だな」
「うぇえ…」
「外身は乾いていても、中身は潤ってる。そう見えないのは、皮膚の所為だ」
「皮膚?」
「人間らしく言ったんだ。虫らしく言えば外殻」
 変な気遣いなら要らない。睨んだ彼は、肘を入れてくる。
「ナイスエルボー」
「じゃない。で、何なの?」
「だから、…人間の爪は腐るか?」
「ねぇ、話が違うよ」
「いいから。腐るか?」
「……判らない、けど。腐らないんじゃないの」
 全く以て意味が解らない。こんな面倒な事になるなら妙な質問しなけりゃ良かった。
「…と顔に書いてある」
「うるさいな」
 そろそろ本気でへそを曲げそうなので、咳払いを一つして話を再開する。
「つまりな、虫の外殻は人間の爪みたいなもので腐らないから、外から見ても腐敗の進行は解らない」
「本当は腐っているという事?」
「細菌の最も繁殖しやすい温度は35℃前後、人の体温程度だというのは知っているか?」
「多分。…質問ばかりだ。聞いてるのはこっちなのに」
 うんざりした様子で頭を振る彼に小さく笑いかける。
「尚且つ、水分があればいい。そうしたら微生物は増殖し放題、虫の内部は分解し放題だ」
 自慢気に人差し指を立ててみせると、深い深い溜め息を吐いた彼は前を向き、すたすた歩き出してしまった。
「だから要するに、腐るんでしょ?」
「…まぁ…そうだが…」
「あなたは一々話が長い」
 ぴしゃりと言われて、並木道に取り残された男が一人。
 寂しく北風に吹かれながら、少年の後を追い掛けていった。

馬鹿な事を真剣に悩む馬鹿が二人。

09. 最後の願い事
「上総はさ、地球の最後に何を願う?」
「うーん………正直、解らないなぁ…」
「何もないのかよ」
「折角考えられるのにねぇ。でも、最後に何を願ったって、ね。死んじゃうわけだし」
「未練残りそ」
「そうねぇ…。…ね、カイは?」
「俺ぇ?」
「うん」
「う〜〜…ん……、……解んね」
「こら!」
「わ、だってさぁっ!願いなんかないし!」
「もう、自分だってそうなんじゃない!」
「う〜…」

「…じゃあ、こうしよう」
「ん?」
「満点の星空」
 ぴっ。細い指が空を指す。
「きっと世界のどこかで星が流れます」
「うんうん」
「その星に願いをかける子供の願いが叶う事を、私は望みます」
 がくっ、と。
 カイはうっかり屋根から落ちかける。
「自分の願いは!」
「無いし」
「一言かよ!」
 金髪を散らしてカイは上総へ詰め寄る。
「だって、ねぇ、カイ」
「…あん?」
「私は幸せなんだよ?両親は健在だし仲良しだし貧乏でもなくて兄さんは優しくて、」
「…ぅぐ」
「空から天使は降りてきて地球の終わりを知らせてくれて覚悟出来たし」
「………」
「最後なんか、どうだっていいくらい」
「…無欲だなー、上総は」
「そう?そうかな…」
「そうだ」
「じゃあ、手を握ってよ、カイ。最後まで傍にいて」
 はい、と差し出された手を握る。
「…もっと贅沢言えばいいのに」
「ううん?どうしてよ」
「どうしてって、」

「降りてきた天使を最後まで独り占めだなんて、充分贅沢なことじゃない」

これは中学生の時に考えたお話でした。いつかちゃんと書いてあげたい。

10. その甘さにほだされている
 生きる為に人を殺すなんて当たり前で、
 まるで息をするように殺してきた自分に彼はどう見えたのかと聞かれても。

「………甘い」
「えっ!…やっぱり、お砂糖入れすぎましたか…」
「オレは丁度良いと思うよ〜?こいつが甘いの苦手なだけだって」
 へらり、と笑う青年を睨み付け、厳しい表情をした精悍な顔立ちの少年――青年と言ってもいい――は、静かにフォークを置いた。
「…すまない。不本意ながら、奴の言う通りだ」
「い、いいえ!僕こそ、栄貴さんが甘いのダメなんて知らなくて…」
「不本意って何かなーぁ?」
 人のよさそうな笑みを浮かべ、たらたらした口調で銀髪の青年は言いながら、少年の前の皿を引き寄せる。
「人がフォローしてあげてんのに、ねぇ、テリエルちゃん?」
「え?いや…」
「頼んだ覚えはない」
 きっぱり答えた栄貴に、テリエルは浮かべていた苦笑を色濃くした。
「ホント、無愛想だよねぇ?」
「あはは…」
 そして話を振ってくる青年に、更に困ってしまう。
 テリエルは、争い事が苦手だ。何故喧嘩をするのかも知れない。
 どうにか逃げ道を探して、手元のポットに気が付いた。
「あ、僕お茶足してきます」
「あれ、ありがとねー」
 彼が部屋を出たのを見届け、青年は振っていた手を下ろして表情を、僅か真面目なものにする。
 と、いうか、口しか笑っていない。
「でさぁ、栄貴」
「何だ」
「オレって、質問には答えが欲しいんだ」
「…それで妙な空気を作ったのか」
 相変わらず喰えない奴だ、と栄貴は顔を顰める。
「いいじゃないか。大した質問じゃない」
「大した質問でないなら、答えを気にする必要もないだろう」
「だから、答えが欲しい人種だって言ったろう」
 確信犯的な笑みで見据える相手に、栄貴は傾けていたカップを戻した。
「………白露」
「はいはい」
「俺は…俺は、」
「うん」
「…解らない。人に感情を持つ事が」
「そうだね、難しい事だ」
 そう言われちゃあ、深く聞いたり出来ないねぇ。朗らかに言った白露は椅子の背に体重を乗せる。
「うん、悪かった。栄貴はそうだからね、…何も、聞かない方が良いんだろ」
「甘いとは思うが」
「うん?!」
「奴は…甘い」
「あ、そう…うん、いや良いけど、終わらせた会話蒸し返すなよ」
「……………」
 栄貴がむっつり押し黙るので、白露は苦笑いして目の前のケーキを口に含んだ。
 控えめな甘味のクリームが舌触りの良いスポンジを包んで、下手な菓子屋のそれよりはずっと旨いのではと思う。
 ただ、この栄貴という少年にとっては甘いものなど免疫がなく、これですら酷く甘く感じるのだろう。
(どっちかっつったら、血とかの方が舌慣れしてんのかな)
 まさか吸血鬼じゃあるまいし、と笑えないのが彼である。
(…まぁ、ともあれ、言葉に迷いが表れるようになっただけは進歩だよね)
 付き合いはそれなりに長いが、栄貴が言葉を濁したりするのは無かった事だ。
 テリエルに会って、何かが変わったのかもしれない。
 だから、あんな質問をしたのだが。
「あいつは白い…俺は、黒い、な…」
 零す様に呟いた栄貴に視線を向けるが、聞き直しても何も言ってはくれないだろう。
 ただ、その一言に全てが凝縮されている気がした。
(あー、これって)
 人に聞かれたら、一言でここまで推測するのはどうかと言われそうだが、長い付き合いからして、白露は栄貴本人より彼の事を解る自信がある。
(恋だ恋だ。うわー、面白くなってきたー!)
 そしてにやけるのだ。
 楽しみは独り占め、白露は大概、そういう男だから。
 それを知ってか知らずか、栄貴は何とも言えない居心地の悪さを感じ始めていた。

これも中学生の時に考えた、けど全然設定決まってない話。笑

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