Act.03


「…アキって、猫にモテるのな」
 背後からかかった声に、しゃがみ込んでいた秋吉はその姿勢のまま殆ど首だけを動かすようにして振り向く。
「よう」
「うん、てゆーかホント…すげぇな」
 そこに立っていたのは時山で、その彼に言われ、そうかな、呟いて秋吉は手元に視線を戻した。こちらに腹を向け、地面に寝そべる猫、…が、三匹。腹をなでてやっていないやつは、にゃあにゃあと秋吉に擦り寄ってくる。
「俺、猫見ると逃げられるもん」
「ふぅん?嫌われてんだね」
「ひっでぇ」
「そうなんだろ?…あ」
 時山が一歩近付いた途端、ひらり、猫達はぱっと逃げ去ってしまった。ぽかんとしてから、秋吉は恨みがましく彼を見上げる。
「…お前の所為で、逃げられた」
「おー、見事な逃げ足だったな」
「折角懐いてたのに、バカ!」
「って言われてもなぁ…」
 猫が逃げるのは俺の所為じゃないよ、苦笑いで秋吉の隣へしゃがみ込んだ。
「何、アキってば猫好きだったのか?」
「むしろ同種族」
「あ、それ何か納得出来るわ」
「…猫好きだし、怒れない」
 がくりと肩を落としつつ、少しだけ赤い顔の秋吉を見下ろして時山は大きく笑う。
「可愛いもんな、猫」
「お前は逃げられるけどね」
「でも俺、犬には好かれるよ。さっきのアキみたく、黙ってると寄ってくるもん」
 自らを指差して言うと、秋吉はげっと嫌そうな顔になるので、嫌いだっただろうか、思い、それを訊ねれば、言葉が濁されて、不思議に思わされる。
「嫌い、っつーか…苦手なんだよ。何か、無遠慮に干渉される感じが」
「無遠慮に干渉、ですか」
「そうそう、犬ってどうしてああ――」
 言いさして、はたと秋吉の視線が自分の顔で止まるので、彼は「ん?」と首を傾げた。
「…いぬ、」
「は?」
「ああそうか、そうなんだ…妙に大型犬には懐かれると思ったら…そうか、そういう事」
「秋吉さん、話が見えないんですが」
 一人で合点が言った様子の秋吉と、置いてけぼりの時山。何となく予想がつきながらも追及しようとして、しかし綺麗に無視される。
「ああもう、何で付き合ってんだろ…」
「おいこら秋吉、その台詞はちょっと聞き逃せないぞ」
「いいよ、聞き逃せよ、無遠慮な大型犬」
「とうとう言ったな!」
 ぼそりと呟き立ち上がって歩き出す秋吉を、彼も追いかける。振り返らない肩に手を置くと笑った口許が見えて、からかわれているのだと判って面白くない。
「ひでぇ、秋ってばひでぇ」
「大型犬に懐かれる猫なんだ、可哀想だと思わない?」
「自分で言うと、哀れが半減」
「ああ可哀想だな、俺ー」
「アキさん?聞いてます?」
 結局二人で笑いながら、夕焼けの中を大型犬と細身の猫がじゃれ合いながら帰路に着いたのだった。