Act.02


「ちーっす」
「じゃないよ。遅いよ」
 やる気のない挨拶をしながら教室へ入ってきた彼を見て、秋吉は呆れた声を上げた。因みにこの場合の“彼”というのは、人称代名詞であると同時に、“彼氏”の意味をも含んでいる。時山涼樹、勿論隠しているが、岡田秋吉の、彼氏。恋人。
「全校集会サボらせて待たせるなんて、サイテー」
「待っててくれた秋吉君も秋吉君ですねぇ?」
「……馬鹿正直でスイマセン!」
 この野郎ムカつく、と悪態を吐いて秋吉は窓の方へ顔を背ける。
 全くもう、本当に、メールで言われた通り教室で、しかも律儀に自分の席に座って待っていた自分は馬鹿ではないか。
「まー、そう怒るなよー」
(……う、)
 ふわ、というには少し荒く、表面には冬の冷たい外気を纏った腕が絡んでくる。密着すると、彼の心臓の音と学ランを通して伝わろうとする体温が感じられた。
 背中が酷く温かい。何故だか涙が出そうになって、ぎゅうと目を瞑った。
「離れろ、バカ」
「寒いから、もうちょっとこのまま」
「人の体温奪う気か」
「うん」
 彼は言うと同時に手を滑り込ませてきて、秋吉はそれを他人事のように眺めながら息を呑んだ。
「こんだけ熱いんだから、少しぐらい、分けて」
「ちょっ…!!」
 ――いきなり下からか。…ではなく。
「ここ学校だし教室だし朝だしっ…とにかくやめろ!」
「アキってば、ケチなのなー」
「ケチ、とかじゃなっ…っく、…」
 背筋を伝って脳を冒す甘さに、秋吉は男の身体の単純構造を憎んだ。どれだけ心で嫌がって理性を使っても、触れられれば悦い――つまりは、そういう事。
(う、うわー、うわー…)
 ちょっと何コレ俺の身体馬鹿じゃないの、ってかコイツに慣らされすぎ!心の中で精一杯叫んでから、それにコイツも朝から盛(さか)りすぎ!と秋吉は付け足して背後を睨む。
「…っは、ぁ」
 後ろから肩を押さえつけるように抱いてきた腕を掴んで、上向きで息を吐く。と、それを狙っていたかの如く、時山が秋吉の首筋へ噛み付いてきた。
「や、だ」
「今更だろ」
「っ痛…!」
 低い声が耳に吹き込まれて、かと思えば窓ガラスに押し付けられる。冷えたガラスについた手の周りと口の付近が白く曇った。身体が熱くて、余計に温度差を感じる。
 ずる、とズボンと下着が同時にぎりぎりまで下げられた。既に熱を持ってぐずついた秘処を確認するみたいに指で軽く慣らし、時山が息を吐く。
「…秋、」
 腰を掴まれて熱を宛がわれて、ふ、と秋吉も息を吐き、時山も腰を進めようとした。
 ―――が。
「わ――っ!やめっ、だめ!」
「のわっ!」
 薄らと目を開いた秋吉は、窓の下を見て慌てて彼を突き飛ばした。
「なっ、何!」
「集会終わったの!皆帰ってくる…!」
「はぁ?!じゃあコレどーすんの!」
 自分の下半身を指差す彼を見、ズボンを引っ張り上げながら、秋吉は青褪めていた顔を真っ赤にして叫ぶ。
「早くしまえよ!バカ!」
「バカって言うなよ!」
「バカだからバカだろ!早くしまってトイレ行け!」
「…おあずけかよ、もー…結構焦ったんだけどなー…」
 激昂する秋吉に押されて、時山は渋々教室を出て行った。
「――…も、絶対、絶対流されるもんか…」
 危なかった、呟いて、秋吉はへたりと椅子に座り込む。

 今年の目標、恋人に流されない、に大決定。